創作ノート

ゲーム制作の「気の持ち方」について真面目に考える

先日こんな記事を書きました。

https://blog.kimimachi1445.com/rmi-completion/

この記事ではゲームを完成させるために「何をやったか」「どう動いたか」といった行動ベースの話をしました。今回はその対になるような話、つまり「気の持ち方」について書いてみようと思います。

行動するのは大事。けど……。

これはガチ強めの言葉なんですが。

しょうみゲーム制作に必要な行動って、やる気さえあれば大体何とかなると思うんですよ。

手を動かして、素材を作って、コードを書いて、ストアに出す。

それが一番難しいんじゃ!!!という人もいますが…。まあ聞いてくださいよ。

もし仮にやる気満々で「やれること全部やった」つもりでも、必ずしも思った通りの結果が出るとは限らないじゃないですか。

それがこの界隈の厳しさでもあるし、面白さでもある。

んで、そういう現実にぶつかったときに、つい思ってしまう。

「あのひとはすごく運が良かったんだろうな」

「やっぱり才能がある人は違うよな」

そんなことを考えるのは、個人の自由です。思うだけなら何の問題もない。

でもそこで思考を止めてしまうのは、マジでめちゃくちゃもったいない。

もちろん“運”はあります。「何事も運とタイミング」と過去に働いていたバイト先の上司も言ってました。

でも、その運を引く確率をどう上げるか? というところに、行動と「気の持ち方」が効いてくると私は思うんです。

運を引き寄せるには順番があると思ってて。

超簡単にいうと思考→行動→運って感じです。

でも順番を飛ばしたら意味がない。

この辺の考え方はナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』に影響を受けてます。ちなみにこの本、後半は微妙です。

なぜゲームを作ろうと思ったのか?

ぶっちゃけ、ゲームはそこまで深く考えなくても作れます。むしろあんまり考えすぎない方が完成しやすいまである。

極論、素材とプログラムがあれば、とりあえずの形にはなるわけですから。

でも、そこに面白さや魅力があるかどうかは、また別の話になってくるわけで。

「なぜ作りたいのか」

「作った先で何を届けたいのか」

この問いを持っているかどうかで、制作中のモチベーションも、完成した作品の「深度」も全然変わってくる気がします。

ゴール地点は人それぞれ

「とにかく売れたい」

「見てもらいたい」

「好きって言ってもらいたい」

みんな違って、みんないい。

重要なのは、自分がどのゴールを目指しているのかちゃんと認識できていないまま進んでいると、 「やってること」「本来の目的」がズレてきてしまう。

これは私の体感なんですが、「心から作品のことを好きって言ってくれる人を増やしたい」って思っているのに、とにかく「バズらせるための努力」に全振りして疲れてしまっている人、結構いる気がしています。

「認知されなきゃ意味がない」という意見も、まあ一理あります。

でも、個人ゲーム制作でできる宣伝の手段ってのは、現実にはかなり限られてますよね。

SNSと、せいぜいプレスリリースくらいです。

それも、ただやればいいというものでもなくて。

どういう想いで届けるか、誰に届けたいのか。

そういう「軸」があるだけで、打ち出し方も全然変わってくると思うんです。

あえて嫌いなゲームを分析してみる

ここで提案してみるのが「嫌いなゲームの分析」です。

「好きなもの」に関しては、どうしても盲目的になりがちです。

私も大好きな作品を見てると、すぐ脳内が「サイコー!!!!」になってしまって、冷静な分析ができなくなったりします。

でも逆に、あまり刺さらなかったゲームとか、「正直これ苦手……」って感じた作品って、 「なぜそう感じたのか?」が分析しやすいんですよね。

もちろん、ただディスるのとは違います。

「あ、私はこういう演出の“間”が合わないんだな」とか

「このセリフの流れは自分だったらこう変えるかも」とか、

「違和感」を感じる部分こそが、自分の作風や価値観を浮き彫りにしてくれる材料になります。

そしてそれが、次の制作にちゃんと生きてきます。

おわりに

ゲームって、案外「どういう気持ちで作っていたか」がにじみ出るものだと思います。

心がすり減ってるときに作ったゲームはどこか余白がなかったり、プレイヤーに優しくなれなかったりする。私はそういうのめちゃくちゃ好きですが。

逆に、本気で相手の心を動かすつもりで作った作品は、プレイヤーの心にもクリティカルで届いたりする。

だからこそ、行動と同じくらい、気の持ち方も大事にした方がいいんじゃないかなと、個人的に思います。

折れない、ブレない、焦らない。

そんな感じで自分の中にある物語を作っていけたら、それはもう十分めっちゃいいゲーム制作だと私は思います。