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天邪鬼の件 第弐拾話

2023/03/10  13:18
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「あっ!」

 サグメの横でキコと折り紙をしていたカガリが、突然声を出した。

「なんだよ」

「アシヤさんから伝言があったの忘れてました‼」

「おいおい……そっちの方が重要そうじゃないのか?」

「いや、それがあんまりよくわかんないんですよ。(ネギラ)ってるのか(ケナ)してるのか」

「……あまり聞きたくないな」

 嫌そうな顔をするサグメに向けて、カガリは棒読みで預かった言伝(コトヅテ)を読み上げる。

「『鏡の件は問題ない。まずは体調を元に戻すのが最優先だ。退院したらまた話そう』」

「……」

 考え込むサグメの頭に、ヌラが軽く拳骨(ゲンコツ)を当てた。

(ワシ)のおかげで命拾いしたんだぞ。一生かけてでも恩を返せよ!」

「……じいさん」

「あ?」

「……その……悪かったよ」

「お?今日は妙に殊勝(シュショウ)だな。呪いと一緒に悪いもんも流れたかな?」

 がっはっはと笑うヌラの横で、サグメが不機嫌な顔でそっぽを向く。
 そちらにはカガリの満悦そうな顔があり、サグメは顔を少し赤くしながら歯ぎしりした。

「……あ、あと最後に」

「まだなんかあるのかよ」

「こっちはカスミさんのメモですね。えっと――」

 カガリがごそごそとポケットを探り、紙を取り出す。
 それを見たカガリは怪訝そうな表情をしながら、それを読み上げた。
 
「――『戸締りには気を付けて』」

 ***

 夜の病院は騒がしい。
 夜行性の妖が多いため、昼間に眠っていた者が目を覚まし談笑している。
 個室になっている病室は妖の病院にはないため、プライバシーも何もあったものではない。
 だが、それは今のサグメにとって好都合だった。
 誰かがいれば、向こうも手を出すことはないだろうと、カスミたちも踏んでいるのだろう。
 ――わからない。
 向こうがこうも簡単に俺と手を切るとは考えられない。
 俺の命はもう何度も刈られているてもおかしくはないのに、あいつはそれをしない。

「……俺なんかにそんな価値はないのに」

 つぶやき、目を閉じる。
 キコたちの顔が浮かぶ。
 俺をそんな目で見ないでくれ。
 俺はお前が思ってるような()()()じゃない。
 あのクソ野郎の子供が、いい奴なわけがない。
 ……だが、弟は別だ。
 あいつは鬼らしくない鬼だった。
 虫も殺せない、優しくて繊細な俺のたった一人の弟。
 それを奪ったのは――。

「だーれだ」

 耳元で声がする。

「……!」

 体が動かない。
 指先一つ動かせない。
 他の奴らは?
 静かすぎる。
 ここに俺とあいつしかいないかのように。
 ――あの時と、同じだ。

「あ、ごめん、このままじゃ喋れないよね」

 あいつがそういうと、首から上だけが動かせるようになった。
 目を開ける。
 暗い。電気がついていない。
 だが俺の横に立っている醜悪な妖気だけは伝わってくる。

「お前……」

「や、久しぶり」

 あいつは軽く手を上げた。たぶん、笑っている。
 あいつが笑ってない顔なんて見たことがない。

「俺を、殺しに来たのか?」

「そんなことしないよ、こんなところで。それに僕は君の力を高く買ってるんだ。まだまだ君には働いてもらわなくちゃ困るんだよねぇ」

 言いながら、俺の首に下がっているペンダントを指でなぞる。
 吐き気と憎悪。耳鳴りがやまない。
 真っ黒な奴の顔を、全力で睨み上げる。

「これ以上、俺に、何しろってんだ……!」

「そんな顔しないでよ。君があんなに嫌そうに仕事してたのは、弟くんに会いたかったからだろう?」

「黙れ……!」

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()
 首はごろりと転がり、月夜に照らされる。
 血は出ない。体はそのまま立ち尽くしている。
 照らされた首は、やはり笑っていた。

「そうそう、その『嘘を本当にする力』。それがないと僕たちの計画は成功しないんだよ。賢い君ならわかるだろう?」

 刹那。
 体は鬼の体を蹴り飛ばし、ベッドに突っ伏した鬼に馬乗りになって拘束した。
 関節を固められ、現世に逃げることもかなわない。
 そう。
 ここは常世。
 こいつが作り出した()()()()()()()
 黒い煙が首と体をつないだ途端、糸を引くように首が浮き、体と繋がった。

「君が僕には逆らえないってことも、さ」

「クソ野郎が……」

 耳元で話しかけるおぞましい声に悪寒を感じずにはいられない。
 それすらも楽しむように、あいつは俺に馬乗りになったまま語りかけてくる。

「仲良くしようよ。弟くんも君に会いたがってたよ?」
 
「なに……?」

()()()必要なかったのは君のご両親だけだったからさ。弟くんは別のところにいる。今はね」

「貴様……‼」

 怒りで視界が真っ赤に染まる。
 そんな俺をあざ笑うように、固めている腕を強くする。
 痛みと怒りで頭がおかしくなりそうだ。

「大丈夫。君はいつも通り過ごしてくれればいい……その代わりと言ってはなんだけど、あの大学の人間たちの監視をしてくれないかい?きっと向こうも僕たちのことを知りたがってるだろうからさ。出す情報はこちらで選定するよ」

「……死んでもお断りだ……‼」

「……君に拒否権はないよ」

 言うと、あいつは俺の心臓めがけて静かに手を突っ込んだ。
 痛みはなく、ただ内臓を内側から撫でられる感覚があるだけだ。
 気味が悪い。気持ち悪い。

「やめろ……!」

「嘘をつくのは得意だろう?『()()()』」

 あいつが俺の名前を読んだ途端、心臓に冷たい感覚が走る。
 これが、あいつの呪い。
 生かすも殺すもアイツ次第。
 殺してほしくとも死ねない。
 生きたくても生きられない。
 あの女の呪いとは格が違う、永遠の監獄。

「はあっ……!はぁっ……!」

 あいつの手が離れたが、俺は動くことができなかった。
 汗と涙でぐしゃぐしゃの顔を満足げに眺めたのち、あいつは俺に背を向け歩き出した。

「アシヤイオリとカガリサツキ……遭える日が楽しみだよ」

 パーテーションの向こうにあいつが消えた瞬間。

 ざわざわ。ざわざわ。

 そこには数分前に見たものと変わらぬ風景があった。
 一反木綿が漂い、鬼火が雲外鏡と今日のテレビについて話している。

「………………ごめんな、アザミ」

 嘘つきの鬼は涙を一つ(コボ)し、眠りに落ちた。

 天邪鬼の件 完


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