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天邪鬼の件 第拾陸話

2023/02/28  10:38
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 目を閉じると、隣の治療室の喧騒(ケンソウ)が聞こえる。
 そのざわめきは、カガリが目の前の探知機に集中するごとに遠くなっていく。
 
 ざわざわ。

 ざわざわ。

 ざわ。

 ざわ。

 ……。

 …………。

「――助けて」

 耳元で、声がした。

「助けて、サツキ」

「痛い、痛いよ」

「どうしてあの時助けてくれなかったの」

 その声は、一人のものだけではない。
 カガリが今まで助けられなかった人であり、妖であり、アオイであり、家族であり、両親だった。

「ぎいいいい」

「早くこちらにおいでよ」

「痛いのは嫌だ」

 様々な声がカガリの元を飛び回る。
 後方、前方、耳元、目と鼻の先。
 それは何秒とも、何分とも、何時間ともいえぬ悠久の時だった。
 額や首筋に汗が伝うのが分かる。
 鼓動の音が聞こえる。
 足が痺れる。
 呼吸の乱れを抑えるので手一杯だ。
 だがカガリは静止したまま、ただ待った。

 呪いの根源が暴かれる時を。
 誰が鬼を痛めつけているのか分かる時を。
 アシヤが左手首を握るその瞬間を。

「助けて」

「僕はここにいるよ」

「サツキ、抱っこしてあげる」

「あ、あ、あ」

「もう目を開けていいよ」

「この役立たず」

「早く立て!サツキ!」

「さっちゃんならできるよ」

「いい子だね」

「いい子」

「いい子」

「いいこ」

「いいこ」

「いいこだからはやくしんで」

「――おい!!」

 その声と共に、ぱっと目を開ける。
 全身から汗が噴き出す。
 悪夢を見た直後のような、嫌な汗。
 肺が大量の酸素を求め、肩を動かして呼吸する。
 カガリの左手首を、アシヤの手がしっかりと握っていた。

 ***

「……うまく、いきましたか……?」

 ただ座していただけだというのに、激しい運動直後のように息が荒い。
 カスミの介抱を受けつつ、ぜえぜえと呼吸しながらカガリは尋ねた。

「ああ、素人にしては上出来だ。これからは逆探知担当にでもなるか?」

「勘弁してくださいよぉ……!あんなの、何回もやりたくないです!」

「よく頑張ったね、カガリ君。鬼さんの呪いもなんとか紙一重で食い止めてる」

「よかった……、いえ」

「そう。問題はここからだ」

 アシヤが、逆探知機が導き出した呪いの根源を暴くべく、装置から紙を取り出す。

「……女か」

「何が書かれてるんですか……」

 カガリがよたよたとアシヤの横で紙を覗き込んだ途端、少し怪訝そうな顔をした。

「あれ……?」

「知ってるのか、こいつ」

「いや、う~ん……どこかで見たような……?」

 紙にはぐるぐると円を描く軌道で、写真ほどの解像度でこそないものの、髪の長い女性の顔がはっきりと描き出されていた。

「もしお前と縁がつながってる相手なら、話は早い」

 アシヤはまたカバンから何かを取り出す。
 二本の細い金属棒をL字に曲げた、簡素なものだ。
 だがその先には紫色の小さな美しい石が埋め込まれていた。

「なんですかこれ?」

「ダウジングだ。鉱脈や地中の配管を見つける時に使うものだが、これは(エニシ)専門だ。持ってみろ」

 アシヤは棒をカガリに手渡し、石がついている方を先ほどの紙に近づけるよう促す。
 すると、美しく光っていた石は黒ずみ、カガリは腕を右に動かした。

「……あれ、なんかこっちに引っ張られますね」

「近いな。こっちを監視してるのか?」

「引っ張られる方に行けば、犯人が見つかるんですね!」

「ああ。だが罠の可能性もある……そのまま行けば格好の餌食だ」

「これを持っていきなよ、二人とも」

 カスミが手のひらに収まるほどの小さな紙包を二つ取り出す。

「これは?」

「魔除けの小さい鏡だよ。どうもあちらは鏡に固執しているようだからさ、何か手掛かりになるかもね」

「……僕らをここまで泳がせてたのは、あの鏡を取り戻すため、ってことですか」

「推測だけどね。その二つもなかなか価値のあるものだから、大事にしてね~」

「ありがとうございます!」

「僕は残るよ。鬼さんのことを見てないといけないからね。――頼んだよ、二人とも」

 カスミに見送られながら、二人は治療室を出て前に進む。
 呪いの根源たる者へと挑むために。

 ***

「……」

 一行は沈黙してダウジングの導くままに進んでいたが、カガリがアシヤの表情を見て尋ねる。

「……どうしたんですか?不機嫌そうな顔をして」

「僕の顔はいつもこうだ」

「え、そうなんですか?てっきり何か考え事をしてるのかと……」

「……今のところ、鏡と鬼の関係が掴めない。一体何があるんだ、あの鏡に……」

「最初アシヤさんはあの鏡のこと『本物じゃない』って言ってませんでした?」

「そう……カスミさんからも知らされていなかった。あの鏡に力があることを……だが変だ。本物なら僕の術返しなんか効かないはずだ」

「ううん……浄玻璃鏡がどれほどのものかはわかんないんですけど、模造品(レプリカ)が本物の力を持つってこと自体あり得る話なんですか?」

「ああ……だがあれは常世専用のものだ。ましてあれは地獄の閻魔(エンマ)の所有物。あの連中がそう簡単に力をコピーさせるわけがない」

「じゃあ常世の誰かが、鏡の力を持ってこっちにやってきたのかもしれませんね!」

「そんなこと……あ」

「え?」

「できる……そういう仕掛けか!」

 アシヤは一人で納得したように頷く。
 カガリはきょとんとしてアシヤを見ている。

「わ、わかったなら説明してくださいよ!」

「お前がさっき言ったとおりだよ!常世の者が何らかのきっかけで浄玻璃鏡の力を手にする。そして現世の者と常世の者が入れ替わったタイミングで、鏡の力を持ってくれば……!」

「じゃあ鏡の力を持って来たのって、まさか地獄の……」

「そう。閻魔の側近、獄卒の可能性が高い!だからおそらく、入れ替わった相手は図書館の司書……うちの大学の人間だ!」

「そんな!大学の方がどうしてそんなこと……」

「わからない……だが獄卒がもし現世にいるとなれば、地獄の奴らも黙ってないはずだ。それが何もないということは、常世に行った人間の方も裏切者の可能性が高い……急ぐぞ!」

「は、はい!」

 二人は走り出す。その道は、確実に陸陽大学の方角へと繋がっていた。


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