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天邪鬼の件 第拾肆話

2023/02/25  11:36
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「カスミさん!」

 慌てて入ってくるカガリたちを手で制するカスミ。
 妖専門の総合病院は数が少なく山奥にある。だが、陸陽大学もまた同じ山の奥にあるため、鬼は迅速に病院に連れていくことができた。
 ――だが。

「状況は?」

「芳しくないね。かなり強い呪いだよ。体内にある根源を取り除かないといけないが、そうすると医者の方も危ない」

「……」

 黙り込むアシヤをふと見たカガリ。
 その表情は暗く、怒りに歪んでいた。
 ――まるで、誰かを恨むような。

「アシヤさん――」

「カスミさん、ちょっといいですか」

 カガリがアシヤに声をかけようとしたところに、集中治療室から出てきた医者の一人がカスミに声をかけた。
 その手袋は黒く汚れ、顔面は脂汗でびっしょり濡れていた。
 医者とカスミが待合室を出ていくと、その場にはアシヤとカガリだけが残された。

「どうして……」

 がんっ。
 
 アシヤが集中治療室の窓を殴りつけた音。
 拳はそのままに、その先にいる鬼を睨みつける。

「やっぱりまだ生きてやがった……!」

「あ、アシヤさん、鬼さんに何があったんで……」

「……これ以上首を突っ込むな」

「そんな!」

「僕たちが相手しているのは、ああいうことを平気でする連中だ……」

 鬼は顔面蒼白で、時折ごぼっと黒い液体を吐いている。
 これが、呪いの力。
 妖の命を奪う邪の力。
 素人のカガリにもなんとなくわかるほど、辺りは澱んだ空気に包まれていた。

「……」

「もっとお前は、妖を恐れるべきだ。今回はたまたまうまくいったかもしれないが、少しでも逆鱗に触れれば、お前もああなっていたかもしれないんだ」

「……なんとかする方法は、ないんですか?」

「首を突っ込むなと言ったはずだ」

 アシヤはカガリのパーカーを掴む。

「素人の学生にできることなんざ一つだけだ。――今すぐ帰って、清めの塩を撒く。以上だ」

「……鬼さんの話をした時のキコちゃん、覚えてますか?」

「……」

「とても心配してました。あの子があんなに心配する相手が悪者だって、私は思えない」

「だからって……」

「言われた通り、私は素人です。アシヤさんにもカスミさんにも到底かなわない。目の前で起きていることを何とかする力も、私にはないかもしれない、でも」

 カガリはアシヤの手首をつかむ。
 力強くまっすぐな目で、アシヤを見つめる。
 
()()()()()()()()()私の命に、『逃げる』という選択肢はありません」

 ***

 アシヤは沈黙する。
 この眼は、僕の嫌いな眼。
 なのに今、なぜか目がそらせない。
 この眼は、危険すぎる。
 彼女は自分を犠牲にしてでも、周りを助けようとしている。
 ……なぜ?
 アシヤはカガリのパーカーから手を離すと、待合室の椅子にどっかりと座った。

「時間稼ぎに聞いてやるよ。このままがむしゃらに動かれても困るからな」

「……」

 カガリは治療室の窓にそっと手を当て、鬼を見つめながら話し出した。
 
「四歳の時に、私は両親を亡くしました。――夜中に目が覚めて、リビングに降りたら。金の眼の妖に殺されている二人が、そこにいました」

「……」

「妖は私のことも手にかけようとしたみたいですが、……よく覚えていません。気がついたら病院にいた、ということだけ」

 カガリは淡々と、かつての凄惨な状況を言葉にする。
 アシヤは、何も言わなかった。

「お師匠も今の家族も、本当に良くしてくれました。本当に感謝してるんです」

「……」

「泣いてばかりだった私に立ち上がる勇気をくれたのは、私のおじいちゃんです。妖を恨む心を変えてくれたのは、私のお師匠です。戦う力を教えてくれたのも、誰かを守る大切さも、人と妖の違いを分かりあうことの尊さも。……全部、道場にいる家族みんなが教えてくれた」

 カガリの声は、だんだんと震えを帯びていく。
 いつの間にか窓に当てていた手も拳に変え、震わせている。

「……だから、これは私自身の問題なんです。金の眼が何者だったのか、なぜ私の両親を手にかけたのか、未だわからない。でも……それでも私はずっと探してるんです。誰にも迷惑をかけないように、一人で。またあの妖が誰かを手にかけようとしているとしたら、絶対に止めたい。……ううん、それだけじゃない……」

 そして、窓越しにいる鬼に話しかけるように。
 ……否、窓に映る自分に話しかけるように、カガリは声を振り絞った。

「……もう目の前で、誰も失いたくない……」

「……」

 長い沈黙が訪れる。
 永遠のように感じられるほど、長い長い沈黙。
 カガリもアシヤも、その場の空気を破ることはしなかった。
 
 突然状況を変えたのは、鬼の容体が悪化した瞬間だった。
 機械のアラート音が鳴り響き、医者の動きがより忙しくなる。

「鬼さん……!」

「……ここまでのようだな」

「そんなのだめです!何もできないのは嫌です!」

 泣きそうな顔で訴えかけるカガリ。
 彼女の顔を見ることなく、アシヤは淡々とつぶやく。

「……お前のその考え。傲慢で、自分勝手で、無鉄砲かつ無意味だ」

「……っ!」

「だが、もし本当にその意志を変える気がないのなら――」

 アシヤはそこですっくと立ち上がり、カガリの目を見据える。
 危ういほどにまっすぐな目。
 僕は、この眼を知っている。
 ここでそらしてしまえば、僕の負けだ。
 ()()()()、その時ではない。

「僕たちとともに死んでみせろ。夜行事件の生き残り――カガリサツキ」


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