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すべて世はこともなし 天邪鬼の件 第拾話

2023/02/16  21:36
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 表面を這っていた蔦を失くした屋敷には、腐臭と塵芥(チリアクタ)、不法投棄であろう家電の死屍累々が残されていた。
 ヌラから渡された業務用ゴミ袋をどれだけ使っても、アシヤとカガリ二人では全てを片すことは困難であろう。
 どうやってこの区域の妖を率いる親玉を言いくるめようか――。
 そんな考えを巡らせていたアシヤの目の前に。
 
「よいっ……しょ!」
 
 自身の身の丈ほどもある冷蔵庫を何なく運び出すカガリの姿があった。
 これで三台目だ。
 なぜこの屋敷に壊れた冷蔵庫が何台も放置されているのか、という疑問もあったが、それ以上に。

「……お前、本当に脳筋だったのか」

「脳筋じゃないですよ!カガリです!」

 拭う汗は輝き、カガリの笑顔もはち切れんばかりだ。
 アシヤは次々と運ばれていくゴミたちを眺めながらつぶやく。

「こんな汚れ仕事を喜んでやるやつなんか馬鹿しかいねえだろ……」

「でもあの鏡、大事なものなんですよね?」

「重要文化財だよ……」

「それを直してもらうんだったらこれぐらいやらないと!」

「……壊したのはあちら側の連中だろうが」

 立ち上がり、これまた凄まじいペースで仕分けられたゴミ山を、ぐいと足で踏みつける。憎らしげに見つめるが、ゴミは何も返すことなく、ただそこにあった。

「この屋敷が何なのかは知らんが、荒らした奴らに落とし前をつけさせるべきだ。僕たちの背負う(ゴウ)じゃない」

「ご、業……ですか」

「そうだ。場を荒らしたのはあちら側。こちら側は一切何もしていない。そしてヌラはあちら側だ。それをはっきり認めさせないといけなかった」

「鬼さんが知り合いだって言っただけで、ヌラさんは何もしていないのかもしれませんよ?」

「匿ってた時点で同罪だ。それにあれは……何か隠してる」

 渋い顔で考え込むアシヤに、カガリは悲しそうな声で応じる。

「疑り深いんですね……」

「長年の勘だ。妖には妖のルールがあると言っただろう。彼らに弱みを見せたり慈善行為なんてしようものなら、必ず連中はつけあがるぞ」

「……それって、人も同じじゃないですか?」

 カガリは手を休めることなくゴミを運び、仕分け続けている。
 最もゴミの多かった玄関前は、じきに床が見えようとしている。

「『人だから、妖だから……そういう風に物事を偏った目で見ていると、本当に大事なものが見えなくなってしまう』」

「……」

「……まあ、これは受け売りなんですけどね!お師匠……私のことを助けてくれた人が、よく言ってたんです」

 カガリはおもむろにしゃがみ込み、ゴソゴソと袋を漁り始めた。
 よく見ると、カガリは薄汚れたクマのぬいぐるみを抱えていた。生地はぼろぼろで、左目のボタンが千切れている。

「……あった!」

 袋の中に、左目のボタンが入っていたようだ。カガリはそれをぬいぐるみと合わせて、空いているスペースにそっと置いた。

「私は、信じたいんです。悪い人も妖も、悪いところだけじゃないって。環境や立場が違えば、きっと異なる選択肢を選べるはずだって。そうすれば……」

 がさり。

 咄嗟(トッサ)に構える。
 が、そこにいたのはヌラでも邪悪な者でもなかった。
 梅の花をあしらった、少し汚れているが格調の高い振袖。
 カガリの腰ほどの丈。年は10歳ほどだろうか。
 ふんわりとしたおかっぱ頭の、あどけなく可憐な少女が、不安そうな顔で茂みからこちらを覗いていた。

 ***

「――どうしたの?」

 カガリはしゃがみこんで少女と目線を合わせる。
 少女は静かに、そして恐る恐る、カガリの持っているぬいぐるみを指差した。

「これ、あなたのもの?」

 こくり、と頷く。

「そうなんだ!これだけちょっと他のより新しいなって思ったんだよね。ちょっと待ってて!」

 カガリはごそごそとカバンを探ったり、近くの細かいゴミの山を漁っている。
 
「……何のつもりだ」

「これも何かの縁ですよ!アシヤさん、裁縫道具持ってないですか?」

「……余計なことに足を突っ込むんじゃねえ」

「あ、包帯でもいいですよ!とりあえず巻いといて、後でまた直しに……」

「なんでだよ‼︎」

 思わず、声を張り上げる。
 幼なげな少女はびくっと体を震わせ、素早くカガリの後ろに隠れた。
 アシヤは、自分でも驚くぐらい、苛立っているのがわかった。
 このアパート付近にいる少女など、人ではないことは明らかだ。なのにこの()鹿()は、手当たり次第に助けようとしている。
 人ですら、見知らぬ者に近寄ることなどないのに。この女は――。
 鬼も。
 ヌラも。
 少女も。
 自分の手で救おうとしている。
 ――一体何のつもりなのだろう?

「……目の前の相手に気を取られていたら、本当に大事なものを見失うぞ。お前の恩人はそんなことも教えてくれなかったのか?」

「……!」

「――キコちゃーん、どこにいるんだい?」

「‼︎」

 遠くから聞こえてくる猫を撫でる時のような男の声に、少女は身をこわばらせた。
 先ほどの驚きとは異なる、恐怖を(ハラ)んだ怯え。
 少女はカガリの服を力一杯握りしめ、かたかたと震え出した。
 あまりの怯えように困惑したが、反射的に少女をかばうカガリ。男の声は確実に、こちらに近づいてきている。

「知ってる人……?」

 優しく話しかけるが、震えは止まらない。
 少女はか細く、カガリの耳に届くか届かないかの声でささやいた。

「……たすけて……」


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