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すべて世はこともなし 天邪鬼の件 第捌話

2023/02/09  15:52
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「こんにちはー!」

 翌日。
 午前の授業を微睡(マドロ)みながら過ごし、アオイと会話に花咲かせながら昼食をとったカガリは、元気良くカスミゼミのドアを開けた。

「こんにちは、カガリ君。体の具合は大丈夫?」

「はい!寝てご飯を食べたらこの通りです!ご心配おかけしました!」

「良かった良かった。無茶しないようにね」

「その……あの後何があったんですか?」

 カスミはうーんと唸り、腕を組む。

「ごめんね〜、この件についてはなるべく口外するなって言われてるんだ」

「そ、そうなんですね」

「僕から言えるのは、まだあの鬼さんは無事だけど、どうなるかはこれから次第、ってとこかな」

「……」

 カガリはあの時の鬼の姿を思い出す。
 鏡を抱え、自身に危害を加えようとした妖。
 憎しみのこもった瞳には、どこか焦りの色が浮かんでいたように思う。
 アシヤには余裕を見せようとしていたが。

「……あの鏡は、どうなったんですか?」

「ああ!ちょうどその件について君たちに頼みたいことがあってね」

「頼み?」

 部屋の奥でゴミ山がもぞもぞと動く。アシヤが起きたようだ。
 相変わらずボサボサの髪には、紙屑が引っかかっている。

「おはようございますアシヤさん!」

「うるせえ……」

「こらこら、君も今から出かけないと」

「……」

「外に出るんですか?」

「そうそう、今から許町(モトマチ)の方に行ってもらって、鏡を直してくれる人に会ってきてもらいたいんだ」

「許町……」

 許町は街の外れにあるアパート街である。
 かつて妖解放運動が盛んに行われていた場所であり、路頭に迷う人型の妖を積極的に受け入れていた。
 数十年経った今では、妖は人の目に触れない場所でひっそりと暮らしており、誰も寄りつかない閑散とした地域になっている。
 解体の声も上がっているが、徒党を組んだ妖が反対運動をしており、冷戦状態が続いている。

「カガリ君にとってもいい機会だと思ってね。妖たちがどのように暮らしているか見てくるといい」

「はい!」

「交渉の邪魔だけはするなよ、脳筋」

「それはアシヤさん次第です!」

「めんどくせえ……」

「昨日みたいなミスはしないようにね〜」

「……はい」

 アシヤはカガリに鏡の破片が入った風呂敷包みの箱を背負わせ、手ぶらで出て行った。カガリもそんなアシヤの後を追う。
 カスミはいつも通り、笑顔で見送った。

「健闘を祈るよ、二人とも」

 ***

 許町は妖の住処(スミカ)だ。
 ショッピングセンターも、アパートも、保育所も。
 かつて人のために作られた場所は人に捨てられ、それを妖の場所とした。
「妖のための住まい」と言えば聞こえはいいが、そこに人の手が加えられることはない。
 隔離されている、と言っても過言ではなかった。
 妖たちにも知恵はあるが、インフラのほとんどを人が管理している中で、手を貸してくれる者はいなかった。
 けして環境が良いとは言えぬこの土地で、妖たちは身を寄せ合って生きている。
 いつしか助けを求めていた手は、誰をも寄せつけまいと跳ね除けるようになった。
 己を守るために。
 与えられた場所を守るために。

「初めて来ました……」

「だろうな。ここには親玉がいるから、僕らも手出しできない」

 コンクリートの灰色が埋め尽くすアパート街には、気配こそ感じるものの誰もいない。
 花ひとつ生えていない歩道を歩きながら、アシヤがポツリと呟く。

「妖と人の違いは何かわかるか?」

「授業では、『肉体を持っているかいないか』だって……」

「そう。妖は肉体を持たない。故に僕たち人に対して物理的には干渉できない。逆に言えば、物理以外であれば干渉は可能。だから僕たちの目を通して姿を見えなくすることもできるし……」

 ガンッ!

 カガリの数メートルほど後ろで大きな音が響く。振り返ると、金属の鍋が衝撃でひしゃげていた。

「ああいった歓迎もできるってことだ」

 カガリはぶるっ、と身を震わせ、早足でアシヤの横を歩く。

「……お、鬼さんはあの時私を人質に取りましたけど、あれは物理的干渉じゃないんですか?」

「脳筋のくせに鋭いな。アレは僕たちと同じステージに立っていたからだ」

「ステージ?」

「この世とあの世ってあるだろう。現世(ウツシヨ)常世(トコヨ)……常世から現世には干渉できないし、現世から常世に干渉することは、原則できない。ただし、現世にいるのであれば、相手が妖でも物理的干渉ができる。妖の強みは現世と常世を行き来できる点だ。その点、人は肉体によって現世に縛られているからな」

「ううん……」

 カガリは首をひねりながら、険しい顔で悩んでいる。
 アシヤの呆れた顔にも気づいていないようだ。

「この程度で唸ってんじゃねえ」

「うぅ……じゃあ今、見えないけど妖さんたちは私たちの周りにいるってことですよね?」

「だな」

「どれくらい?」

「知りたいか?」

「……やめときます……」

 流石のカガリも、ここら一帯のどんよりとした空気にあてられていた。
 アシヤはちらりとカガリを見たが、何も言わずに足を早める。

「ま、待ってくださいよ〜!」

「……さっさと済ませるぞ。強い妖気は人には毒だ」

「歩いてるのになんでそんなに速いんですか!置いてかないでー!」

 空は青く、朗らかな陽気。
 それなのに澱んでいるこの空気の正体を、二人はまだ知らないでいた。




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