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すべて世はこともなし 天邪鬼の件 第伍話

2023/02/05  22:05
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「……油断した」

 はっきりと己のミスを認めるアシヤを見て、けらけらと笑う鬼。

「ほんとだよ。命乞いが効く相手とは思わなかったからさ、こうでもしないと見逃してくれないだろ?」

「まあな。しかし、お前みたいな小鬼にまで僕の名は知れてるのか。いや~照れるねぇ」

「そりゃ有名さ。妖も人もモノのように扱う、『人でなしのアシヤイオリ』。こんな小手先の技が通用するとは思わなかったが」

「お前のことを見くびりすぎていたようだな。『雲隠れ』をあそこまでピンポイントで使うなんて」
 
「そっちじゃ『雲隠れ』なんて呼ばれてるのか。その名の通りとは言い難いね。俺が持ってるのは姿を『欺く』力だ。そしてあの結界……使える範囲が決まっていたようだから、発現される前に俺自身ではなくお前たちの眼に術をかけた、ということさ」

「へ~、案外やり手なんだな、お前」

「一か八か賭けてみただけさ。けけ、天下のアシヤ様にお褒めいただけるとは、こりゃ語り草にはなるかもな」

 人質が取られているとは思えないほど、穏やかに会話をするアシヤと鬼。
 さすがに表情が固まっているカガリだったが、なんとかして声を振り絞る。
  
「……あ、アシヤさん、私なら大丈夫です。きっと話せばわかってくれ……」

 言いかけたカガリの喉元に、ちくりと痛みが走る。鬼が少しだけ力を込めただけで、首筋に赤い線が流れた。
 
「喋るなよ、人間。さっきお前が妨害したせいで何もかも台無しなんだよ。そもそも何も聞かずに俺をとっ捕まえてきたのはどこのどいつだ?」

「……」

 黙り込むカガリを鼻で笑うアシヤ。
 どうやらこの妖は、引ったくりの件を相当根に持っているようだ。
 
「ほら言わんこっちゃない。で、お前は何が望みなんだ?」

「……このまま俺を見逃せ。そうすりゃこいつには何もしない」

「本当かぁ?僕は別にこの馬鹿がどうなろうがどうでもいいんだが」

「それこそ嘘だろ。さっき逃がそうとしてたじゃないか」

「いやいやお前こそそいつに恨みがあるんじゃないか?」

 嘘つきと嘘つきの会話は平行線をたどる。
 ただ間違いないのは、アシヤが一歩でも近づけば、鬼は間違いなくカガリの頸動脈を切り裂く、という現実だった。
 
「……もっと怯えてもいいんだぜ、人間。いつもより張り合いがねえや」

「……」

「あぁ、喋るなって言ったのは俺だったか」

 カガリはただじっと、アシヤを見つめていた。
 少しの合図も、見逃さないように。
 アシヤもまた、鬼の一瞬の隙も見逃さないように、ただじっと時が来るのを待っていた。

「その鏡、なんに使うんだよ。本物ならまだしも、ただの鏡だろ?」

「……お前には関係ないことだ」

「ふむ、じゃあ僕が当ててやろうか。……身だしなみチェックとか?」

「冗談にしては寒すぎるな、クソ陰陽師」

「うざ……そっちはもう廃業してんだよ」

「有名なのはそっちだろ。……ああもう、無駄話はもうやめだ。俺はもう行く。邪魔すんなよ」

 しびれを切らした鬼がほんの少し後ずさりした瞬間。

「動くな」

 アシヤの言葉は鬼にではなく、カガリに向けたものだった。
 カガリも、その合図を見逃さなかった。
 しっかりとアシヤを見据え、全身の筋肉に力をこめる。

 ガシャン!

 一枚だけ窓に貼りついていた紙札が、大きなガラスを割ったのだ。
 その破片の一部は重力に逆らい、鬼に向かって飛ぶ。
 カガリのいる場所を紙一重でかわし、精密な動きで鬼の爪を叩き折った。
 
「なっ……」

 そのまま破片は鬼の周りを取り囲み、少しでも動けば流血は免れない状態へと持ち込んだのだ。
 カガリに傷一つつけず、かつ鬼を無力化したのだ。
 術のみで無機物を複数、精密に操るのは容易ではない。
 まさに神業、だった。

「なん、で……」
 
「言っただろう。僕たちの見ているものが本当かどうかは、常に疑う必要があるということだ、って。予防線ぐらいいくらでも張れる。……もういいぞ」

 その言葉をきっかけに、おそるおそる鬼の横を抜けてアシヤの元に戻る。
 鬼は指先一本動きが取れないまま、ただそこに立ち尽くしている。

「ありがとうございます、アシヤさん」

「ここまで体を張ってもらえるとは思わなかったね。献身的すぎて涙が出そうだ」

「冗談きついですよ……でも、信じてくれたんですよね?」

「は?」

「私が絶対に『動かない』ってこと」

「……あの時」

 アシヤはふいと目をそらし、露骨に嫌そうな顔をした。

「身動きもせず僕を見据えていたのはお前ぐらいだったからな」

 それを聞いたカガリはぱあっと目を輝かせる。
 
「わーい!てことは私にも見込みがあるってことでいいんですよね?ね?」

「思いあがるな脳筋」

「ひどい!でも馬鹿じゃなくなった!」

「うるせえ!これは貸しだからな!あとさっき殴ってきたこと謝れよ!すげえ痛かったぞ!」

「じゃあ私のこと馬鹿って言ってたことも謝ってください!」

「減らず口を……」

 ガシャン。

 言い合っている二人の横で、何かが割れる音がした。
 それは、鬼が血まみれになりながらカバンの中にある鏡を取り出し、叩き割る音だった。

「こうなったら最終手段だ……どうなっても知らないぞ!」

 割れた鏡は白く光り、三人の視界を妖しく染めた。



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